東京高等裁判所 昭和49年(行コ)54号 判決 1975年10月30日
控訴人 郵政大臣
被控訴人 小畑重治
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 当裁判所は、次につけ加えるほか、本件懲戒処分の存在、処分事由の範囲、本件処分をなすに至つた経緯、本件処分事由の存否及びこれに対する法令の適用に関する判断並びに被控訴人主張の公労法一七条が憲法二八条違反し無効であること、本件ストライキが団体行動権の行使としてなされたものであるから個人の非違行為に対する懲戒を目的として規定された国公法八二条は適用すべきではないこと、公労法一七条と国公法八二条等の懲戒規定の保護法益の差異からストライキの結果国民生活に重大な障害が生じ社会公共に大きな影響を生ぜしめたときにのみ国公法上の懲戒規定が適用され、そうでない場合は公労法一八条所定の解雇に限らるべきこと及び本件処分は労組法七条に違反する不当労働行為であること等の主張に関する判断は、原判決理由説示と同一であるから、原判決の理由(原判決書八二枚目表二行目から同一三九枚目裏六行目まで。)をここに引用する。
(証拠関係・訂正関係<省略>)
二 被控訴人は、本件処分は著しく苛酷なものであり、懲戒権の濫用として無効である、と主張するところ、公務員の懲戒権者が懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決定することは、その処分が全く事実上の根拠に基づかない認められる場合であるか、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任かせられた裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任かされているものと解する(最高裁判所昭和三二年五月一〇日第二小法廷判決民事判例集一一巻五号六九九頁参照。)のが相当であつて、この理は当該公務員が公共企業体等労働関係法二条二項二号の規定に該当する国家公務員についても同様であり、このような行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる(行政事件訴訟法三〇条)ものとされ、この場合に当該裁量処分が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた事実については当該処身の取消しを求める者においてこれを主張及び立証する責任を負担すべきものであることは前記法条の趣旨から明らかである。しかして、本件懲戒処分につきその処分事由に該当する事実が存在することは前示認定のとおりであるが、被控訴人は、懲戒権の濫用にあたる理由につき詳述するので、以下これにつき判断する。
1 全逓各地方本部委員長らに対する処分の比較について
昭和四〇年の春闘に際しその責任を問われ懲戒免職処分となつたのが被控訴人のみであり、被控訴人以外の各地方本部の委員長は、起訴休職中の一人を除いて、いずれも停職九か月ないし一年の懲戒処分に付せられた事実は当事者間に争いがなく、被控訴人の本件春闘における行動が全逓中央本都の指令にしたがつたものであることは前示認定のとおりであり、<証拠省略>によると、本件春闘の各ストライキ及び闘争戦術を企画し、実施させた一人であつて、仙台局の半日ストライキの責任者として全逓本部から派遣された全逓中央執行委員増元昭夫が公労法一七条に違反するものとして同法一八条により解雇処分に付せられた事実が認められるけれども、被控訴人の本件争議中における前段認定の各行動及びその役割と被控訴人以外の全逓各本部委員長及び右増元昭夫のそれに比較して検討するも被控訴人に対する本件処分が右増元の処分に比して著しく懲戒権を濫用した苛酷なものとは認めるに足りない。
2 被控訴人のみが特別に重い処分に付された形式的理由について
<証拠省略>によると、全逓各地方本部委員長のうちには昭和四〇年春闘以前の処分歴につき被控訴人より処分回数の多い者が三名いることが認められるが、その過去の処分歴だけを、当該懲戒処分の種類決定の特に重要な要素とすることはできず、広く諸般の事情すなわち当該行動の動機態様、その行動の前後における行動者の態度、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等をも勘案して決定すべく就中当該懲戒処分の処分事由となつた被懲戒者の行動の類型、違法性の程度を考慮して決定するべきところ、<証拠省略>によると、昭和四〇年春闘につき右各地方本部委員長の処分事由は昭和四〇年三月一七日及び同年四月二三日の各ストライキの実践指導を理由とするものであることが認められる。そして被控訴人は、被控訴人が本件懲戒処分において右の処分事由に加えて、その処分事由とされた郵政局庁舎内でのビラ貼りや示威行進、廊下での座り込みは全逓中央本部の指導に基づき春闘期間中全国各地の各郵政局等で一せいに実施されたことであつて、東北地本のみで行なわれたものでない、と主張するが、<証拠省略>をあわせ考えると、昭和四〇年春闘を実施するにあたり全逓中央本部はストライキの日時、方法を決し、三月一七日の時限ストライキに突入する支部の執行権は三月一六日及び一七日の二日間これを停止し、時限ストライキ突入支部の組合員は上部機関から派遣される責任者の指導にしたがつて一切の行動を行なうこと、右三月一七日の戦術の実施については地本・地区役員が責任者となつて実施するものと定め、四月二三日の時限ストライキについても右とほぼ同様の定めがなされたけれども、全逓中央本部の指令は、ストライキ拠点局以外の局における闘争方法、とくに各郵政局庁舎内でのビラ貼りや、示威行進、廊下での坐り込みのことについてまではこれを定めていないことが認められるので、個別に各郵政局についてみるに、<証拠省略>によると、昭和四〇年三月二五日郵政省で集団交渉があつたが関東地本が行なつたものでないこと、北海道郵政局にあつては、三月一七日郵政局庁舎前で決起集会があつたが局舎内において集団交渉が行なわれたものでないこと、長野郵政局にあつては、三月一五日県公労協加入組合員の主婦三九名(うち全逓一一名)が郵政局長に面会を求めて局内に入つたところ局労務係員に阻止されたこと、広島郵政局にあつては、四月一三日公労協第三次統一行動の一環として行なわれた地方機関に対する集団交渉と坐り込みとして、同局舎において全逓を中心に単産の動員を含め約一五〇名が午後零時三〇分から一階通路に坐り込みを行なつた事実が認められるが、これらの行為が被控訴人を除く各地本の委員長の実践指導に基づくものであることを認めるに足る証拠はなく、さらに、右各地本の委員長において、ビラ貼りを含み、郵政局庁舎内において集団示威行進及び坐り込みを実践指導したことを認めるに足る証拠はない。すると、被控訴人を除く各地本の委員長においても各郵政局庁舎内でのビラ貼りや示威行進、廊下での坐り込みを実践指導した事実があると主張し、被控訴人の処分事由と右各地本の委員長の行為と比較し、被控訴人に対する処分が懲戒権の濫用にあたるとする被控訴人の主張は採用できない。
3 被控訴人は、本件処分は急激に力をつけてきた東北地本の組織に対する意図的な報復及び同組織への弾圧の一として当時定員不足により慢性的遅配が続いていた東北における郵便業務の渋滞の責任を組合に転嫁することをねらい当時の仙古郵政局長の組合敵視を根本とする労務対策の現われとして行なわれたものであると主張するけれども、これが被控訴人の主張事実を認めるに足る証拠はない。
4 被控訴人は処分説明書に記載された処分事由の一部が不存在の場合には当該処分は相当性を欠く、と主張するけれども、前示認定のとおり本件処分説明書に記載された処分事由に該当する事実が認められるのであるから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
5 ILO結社の自由委員会の苛酷な行政処分の排除勧告について
ILO結社の自由委員会において被控訴人主張の最終結論(救済の勧告)が出された事実を認めるに足る証拠はないし、本件処分につき、公労法一七条一八条、国公法九八条一項九九条一〇一条一項八二条各号を適用することは国際労働機関憲章(昭和二七年条約一号)の趣旨に反するとはとうてい考えられないので、被控訴人のこの点に関する主張は採用できない。
以上の点をさらに総合して検討してみても、本件懲戒免職処分が懲戒権の濫用として無効であるとも認められないので、被控訴人のこの点に関する主張は採用できない。
三 右によると、被控訴人の本件処分の取消しを求める請求は理由がなく失当として棄却を免がれない。
したがつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であつて、これが取消しを免がれず、控訴人の本件控訴は理由がある。
よつて、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴の当事者である被控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。
(裁判官 菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)